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偉業に対する敬意の払い方
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20100909/216177/?P=4
安打数について話題を振ると、今シーズンのイチロー選手は、とたんにヘソを曲げる。
つい先日は、
「答えたくない」
と、回答を拒否したのだそうだ。
気持ちは、なんとなくわかる。
ボールを見極め、バットを振り、ひとつひとつの安打を積み重ねている当事者であるイチローの身になってみれば、その自分が一つずつ積み上げた安打の空想上の年間積算値である200という数字を、あっさりと達成した時点から遡った形で浴びせられる質問は、どうにも無神経に感じられるのだと思う。キミは誰の未来から私の現在に向けて質問を投げかけているんだ? キミは一本のヒットすら打ってないんじゃないのか?
ヒットを生産している選手にとっては、すべてのヒットは別物で、それぞれ特別なストーリーと特定の感慨が眠っているはずだ。それを、200という合計値でいっしょくたに梱包されたのではかなわない。生産者ならそう思う瞬間がある
もちろん、年間200安打という数字は立派な記録だし、それを10年間続けることは、余人には想像のつかない気の遠くなる偉大な営為であるのだろう。 しかしながら、であるならば、なおのこと、それほどまでに大変な数字を残した人間に対しては、数字から出発する形で話を聞くべきではない。数字に帰着する話を求めるべきでもない。
この種の記録を達成した人間に対しては、自由に語らせるべきだ。どんなにわかりにくくても。カタにハメた答えを求めるのは、記録を貶めることになる。
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対象に敬意を持ったインタビューやドキュメンタリーは見ていて面白いよね。逆は言うまでもなくつまらない。