29th
会社という名の農家(ムラ社会)
h ttp://kousyoublog.jp/?eid=2409
戦後の日本社会とは”農村から都市への人口大移動”の歴史といえるが、農村から都市に移った人々は、カイシャと核家族という”都市の中の農村(ムラ社会)”を作っていった
民法の雇用契約概念はローマ法の奴隷契約をベースに出来たのは有名な話ですが、その原点にとっても近い由緒正しい形態かもしれない・・・つまり日本の雇用契約は、奇跡的な時代の名残で、仕事じゃなく労働者そのものを買う制度になっているということです
■前提=メンバーシップ型雇用契約
使用者に発生する広範な権利は日本の労働契約の実態が「会社という共同体への人的帰属関係との性格が強い」つまり、労働者は使用者の指揮命令に従うことで会社という共同体に所属する権利が与えられるというところにあると言ってよい(つまり日本では、ただ単純に職を失うということではなく、共同体から排除されることになるからはるかにインパクトが大きい)
■成立過程
コミュニティという視点で言うならば、会社は生産のコミュニティ、家族は生活のコミュニティと言えます。この二つはベクトルでいうと正反対に位置するものですが、高度経済成長期は生活のコミュニティは地方からの上京組や核家族という最小化されたものとなり、逆に会社は一日のほとんどを費やすことになり極大化されていきました。このいびつな関係を結びつけたのが「奇跡的な経済成長」という接着剤で、ほかのあらゆるコミュニティを最低限のものとして会社の生産活動に人生を捧げていれば、結果として収入は数倍になり人生最後まで面倒を見てくれたのです。高度経済成長期には社葬はもちろん会社専用墓地などそれこそ死後も面倒をみてくれた会社も多くあったといいます
そしてこれにどっぷり漬かってきた団塊がきらいなんだよ。オヤジとかオヤジとかオヤジとかまさにこの典型例で、どれほど精神が歪んでるか、どれほどもろい人格かを全く認識していない。年功序列にはまった成果、自分の下の人間としかコミュニケーションとれないんだな。年下なのに自分と対等にコミュニケーションする存在を許せない。だから息子とも、妻(自分より下とみなしている!)とも会話ができない。